『前編:回帰』

目が覚めたのは病室だった。

夏の香りが色濃くなった初夏の昼時。
外の暑さを主張するように日が鋭く差し込んでいるのが、病室のカーテン越しにもわかる。閉じた窓の代わりに、冷房機から吐き出される少し埃臭い冷風が涼しさを運び、室温は肌寒く感じるほどだった。
「あ、起きた」
眠気まなこで顔を上げた私をベッドの上から見下ろすように、姉のゆかりが微笑みながらこちらを見ている。
「ごめん、寝ちゃってたみたい」
「ぐっすり眠ってたよ。1時間くらい」
そう言う姉の手元には先ほどまで読んでいたのだろう、最近話題になっていたタイムリープものの小説が開かれていた。157ページ。ちょうどその本の半分に当たるページ数だったはずだ。
「はるかが寝てる間に、こんなに読み進めちゃった。157ページ。ちょうどこの本の半分」
そういうと、開いていたページを私の方に見せてきた。
「……変わってない…」
私は、安堵のため息を漏らして目を閉じる。
”どうしたの?”と姉は私の顔を覗き込んできたが、笑顔で”なんでもないよ”と返すと、それほど気にした様子はなかった。姉は本に栞を挟み閉じると、そろそろお昼ご飯の時間だからと言って、私がどうするのかを窺っているようだった。
「今日はこのあと予定があるから、また明日来るね」
明日とはいつだろうか。両手で数えられなくなってきた頃から、この繰り返しの日々を現実として認識するようになっていた。目が覚めるのも眠りにつくのも同じ病室。姉は決まって心臓病が悪化して、日付を超えるころに死んでしまう。
「そういえば、明日はるかの誕生日でしょ?」
と、姉は思い出したかのように話を切り出した。
「そういえば、そうだった」
わざとらしくとぼけてみせるが、実際ははっきりと覚えている。もし”明日”が来れば、私はちょうど20歳の誕生日を迎えるのだ。姉は”プレゼントを用意しておくから”と言って、ニコニコと嬉しそうに笑う。その見慣れた笑顔が、繰り返された時間を過ごしてきた私にとっての救いであり、同時に物悲しさを感じさせた。
「明日は学校があるから、夕方くらいにくるね」
そう言って私は立ち上がり、姉に手を振ると病室を後にした。

『後編:夢幻』